ビジョン共有と共有ビジョン、違いがわかりますか?
vision sharing=ビジョン共有
shared vision=共有ビジョン
数年前まで、はやひろはビジョン共有を仕事にしていました。
企業のインターナルコミュニケーションをサポートする会社に勤務し、
クライアント企業の理念や経営ビジョンを隅々まで浸透、定着させることが仕事でした。
中期経営計画とか、25周年を機に次の25年向けてスタートする「○○ビジョンネクスト25」とか、今年度の年間計画とか、そうしたビジョンを全従業員に周知徹底し、ベクトルを合わせ、一体感をもってビジョン実現に向けて行動させるためのツールをあれこれつくるのです。
大事なのは、そのツールがアクションにつながること。
でもね・・・、
役員会議室でなにがどういう流れで決定されたのかわからないビジョンに当事者意識をもたせるのは、正直むずかしいのです。
経営環境や競合会社の動向、市場などを分析して導いたビジョン、それは正しいことだと頭で理解してもらうことはできても、行動を促す共感を得られるかどうかまではわからない。
イケイケドンドンの時代だからできたビジョン共有です。
価値観多様化の時代にビジョン共有は労力の無駄、虚しい作業なのかも・・・。
時代が進むに連れてビジョン共有は難しくなっているのです。
ビジョン共有を無理強いすると東芝の不正会計や最近のKYBの免震不正などの問題が起こってしまう。
そう、ビジョン共有は時代遅れ!
昭和の時代にしか通用しない成功事例!
ということで、3年前に会社を辞めたはやひろは、共有ビジョンを仕事にしました。
正確には共有ビジョンづくりのお手伝い。
そのためにワークショップデザイナーを勉強しました。
一人ひとりがビジョンを描く、そのビジョンを大切にして仲間と共有する。
こうしてできた共有ビジョンは、その実行度が格段に高くなります。
共有ビジョンづくりは時間と手間がかかります。
でも、急がば回れ。
時間とお金をかけるならビジョン共有より共有ビジョンの方が健全で明るく前向きな結果につながります。
いま元気な企業、勢いのある企業は、脱ビジョン共有をしたに違いない、とはやひろは考えています。
(はやひろ)